「あきらめなければ夢は叶う」とか「夢を持つことが大事」とかが大嫌いです。間違っていますし、有害とすら思っています
そりゃあ、成功した人に聞けば成功した話が出てきますよね。(私も昔そんなことを話した覚えが...)
でも、その陰には好きなことをやってうまくいかなかった、夢を諦めた何倍、何十倍、何百倍の人がいるわけです。でも、そういう人の話はメディアにはなかなか出てこない。失敗した人の話を喜んで聞く人は多くないからでしょうね。
そりゃあ、成功した人に聞けば成功した話が出てきますよね。(私も昔そんなことを話した覚えが...)
でも、その陰には好きなことをやってうまくいかなかった、夢を諦めた何倍、何十倍、何百倍の人がいるわけです。でも、そういう人の話はメディアにはなかなか出てこない。失敗した人の話を喜んで聞く人は多くないからでしょうね。
これと同じなのが「俺にもできたんだから、お前もできる」。あなたは成功したから今、そこにいるんでしょうが、その道程はできなかった人の遺体が累々としているんじゃないですか、といいたいところです。
Google⁄YouTubeが「好きなことで、生きていく」などというキャンペーンをやっていることもあり、好きなことを仕事にしない、そもそもやりたい仕事がないのはよくないことである、というような風潮が生まれつつあるのかもしれません。
ですが、それらは本当に良くない、悲しい、寂しいことなのでしょうか?
ということで、まずは「好きな仕事」「やりたい仕事」の反対は何なのだろうと考えてみました。「好きなことを仕事にする」と検索すると、その対義語はだいたい以下のようなものでした。
・いやいややる仕事、苦手な仕事
・お金や福利厚生などの条件で選んだ仕事
・稼げる仕事
確かに、「嫌いな」、「やりたくない」といったネガティヴな形容詞は「好きな」、「やりたい」といった単語の反対として妥当な感じがします。
ですが、私はこう考えます。「自分がやりたい仕事」の反対は「人があなたにやってもらいたい仕事」だと。反対にするのは「好きな」「やりたい」ではなく、「自分が」の部分ということです。「自分がやりたいこと」がシーズなら、「人があなたにやってもらいたいこと」はニーズだと思えば、これら2つが反対であることに賛成いただけるのではないかと思います。
自分がやりたいことはニーズがあるか分かりません。ですから、仮にそれをうまくできても誰も喜ばないかもしれないし、その結果として食えるか、生活できるかどうかわからない。ましてやうまくできなければなおさらでしょう。
一方、人があなたにやってもらいたいことをしっかりできれば、喜んでくれる人が確実に存在するのです。だからこそ、報酬も得やすいし、それで生活していくこともより容易です。さらにそれが得意なことであれば、よりたくさんの人が喜んでくれ、報酬も多くなるでしょう。高い評価が得られれば、高い満足感も自分が人の役に立っている有用感も得られ、より積極的に仕事をできるのではないでしょうか。
ということで「好きなことを仕事にしない」のも、「夢がない」のもけして恥ずかしいことでも、寂しいことでもないと思います。人から「あなたにはこれをやってほしい」と言われた仕事を胸を張ってやれば良いのだと思います。
Google⁄YouTubeが「好きなことで、生きていく」などというキャンペーンをやっていることもあり、好きなことを仕事にしない、そもそもやりたい仕事がないのはよくないことである、というような風潮が生まれつつあるのかもしれません。
ですが、それらは本当に良くない、悲しい、寂しいことなのでしょうか?
ということで、まずは「好きな仕事」「やりたい仕事」の反対は何なのだろうと考えてみました。「好きなことを仕事にする」と検索すると、その対義語はだいたい以下のようなものでした。
・いやいややる仕事、苦手な仕事
・お金や福利厚生などの条件で選んだ仕事
・稼げる仕事
確かに、「嫌いな」、「やりたくない」といったネガティヴな形容詞は「好きな」、「やりたい」といった単語の反対として妥当な感じがします。
ですが、私はこう考えます。「自分がやりたい仕事」の反対は「人があなたにやってもらいたい仕事」だと。反対にするのは「好きな」「やりたい」ではなく、「自分が」の部分ということです。「自分がやりたいこと」がシーズなら、「人があなたにやってもらいたいこと」はニーズだと思えば、これら2つが反対であることに賛成いただけるのではないかと思います。
自分がやりたいことはニーズがあるか分かりません。ですから、仮にそれをうまくできても誰も喜ばないかもしれないし、その結果として食えるか、生活できるかどうかわからない。ましてやうまくできなければなおさらでしょう。
一方、人があなたにやってもらいたいことをしっかりできれば、喜んでくれる人が確実に存在するのです。だからこそ、報酬も得やすいし、それで生活していくこともより容易です。さらにそれが得意なことであれば、よりたくさんの人が喜んでくれ、報酬も多くなるでしょう。高い評価が得られれば、高い満足感も自分が人の役に立っている有用感も得られ、より積極的に仕事をできるのではないでしょうか。
ということで「好きなことを仕事にしない」のも、「夢がない」のもけして恥ずかしいことでも、寂しいことでもないと思います。人から「あなたにはこれをやってほしい」と言われた仕事を胸を張ってやれば良いのだと思います。
コメント